57d 「醜さとの対面!! 己の影も受け入れろ!!」
誠人の前にもまた、もう一人の『誠人』が立ち塞がっていた。目を丸くして目の前の自分を見つめる誠人に、侮蔑の表情の『誠人』は辛辣な言葉をぶつける。
退魔の才能もない、役立たずの足手纏い。誠人さえいなければ、小太郎が危険な退魔師の道を歩むこともなかった。だだっ子でワガママを貫いていながら、素知らぬ顔で良い子面の無神経な偽善者――
認めてしまえと『誠人』は迫る。自身の醜さに目を背けるか、否定し更なる醜さを纏うか──しかし、誠人は「そうだね」とごく自然に頷いた。目を丸くする『誠人』に笑いかけ、誠人は続ける。
足手纏いでも、一緒に居るなら出来ることをやりたい。偽善者でも、それで誰かが元気になってくれるなら嬉しい。そんなワガママを許して貰えるくらい、誰かのワガママも許せるくらい、強くなりたい。
君が僕を嫌いなのは解る。でも、僕はそう思いながらも、みんなの傍に居たくて、傍に居られる自分も好きになりたいよ。――誠人が言った瞬間、『自分』の姿は吸い込まれるように消え失せ、光が差し込んだ。
58d 「風を読め!! 八幡へ放つ退魔の一撃!!」
異空間の二人が、もう一人の自分と戦っていたそのとき。小太郎と八幡の戦いも続いていた。見鬼の能力に乏しい小太郎は、八幡の操る不可視の刃を、直感と反射神経で避け続ける。
人の肉体に取り憑いている以上、八幡に攻撃をすることは出来る。だがしかし、彼の攻撃が纏う霊力が感じ取れず、寸前で避けるのが精一杯だ。相手もそれを理解しているのか、攻撃の手を緩める様子がない。
よく避けるねぇ、と、感心したような呆れたような声。相手のペースに乗せられているようで、小太郎は密かに苛立ちを覚えるも、状況は圧倒的にこちらの不利だ。
だが、諦めるわけにはいかなかった。誠人も智弘も戦っている。ならば自分も、投げ出すわけにはいかない。そう思いながら何度目かの攻撃を避けた折、出現の直前に、規則的な風の流れがあると気づいた。
一か八か。風の隙間を塗って走る小太郎。幾つもの刃に掠りながらも、八幡に追いついた小太郎は、退魔の札をその胸に放つ。「ごめんね、アカネ」――最期にそう呟き、悪霊は煙のごとく消えた。
59d 「最終決戦!! 敵は中村茜!!」
小太郎が八幡を倒したのとほぼ同時に、天井付近の空間が裂け、誠人と智弘が転がり落ちてきた。無事な様子の二人に、安堵の表情を浮かべる小太郎。
残る悪霊は後一人。この先に待ち構えているだろう、中村茜のみである。決意を新たにした三人は、廃ビルの中を進んでいった。
部屋の扉を開けた瞬間、こちらを振り返る中村の姿が見えた。「土偶をやったのね?」いつもの口調の中に、隠しきれない怒りの色。悪霊でも仲間意識はあるものかと、小太郎は八幡の最期の言葉を思い出した。
「土偶の仇とらなくちゃね。八つ裂きでいいかな」中村の顔に浮かんだ微笑みを見て、彼女の本気を確信する三人。次の瞬間、両の手に霊気の刃を握り、中村が飛びかかってきた。
舞を踊るかのように、振り上げては降ろされる霊気の刃。一所に纏まるのは危険だと、小太郎は誠人を突き飛ばし、智弘と反対方向に移動する。そんな彼を、中村は最初の標的と定めた。
60d 「獅子奮迅!! 連携攻撃で立ち向かえ!!」
小太郎の首筋を真っ直ぐに狙い、中村が手にした武器を振るう。誠人のお陰で霊力が見えはするものの、動きの読みにくさは先の八幡以上である。
徐々に部屋の隅に追い詰められる小太郎。防御に使用した退魔の札はことごとく切り捨てられ、小太郎の頬に冷や汗が伝った。「戦えるの、ずっと楽しみにしてたんだよ」囁きかけられる言葉は甘く冷たい。
背後からの智弘の攻撃も、片手の刃で軽く弾き返す中村。今はほぼ小太郎しか眼中にないらしく、智弘や誠人を必要以上に気にする様子はなかった。
その隙を突くことは出来るかもしれない。小太郎は、向かいに居る智弘に視線で合図をする。小太郎の考えを理解したのか、智弘は小さく頷いた。
中村に攻撃を仕掛ける瞬間、わざと隙を作って見せる小太郎。カウンターでそこに踏み込んできた中村の無防備な背中に、智弘の放った一撃が突き刺さった。
61d 「強さを求めて!! 土偶の屍を超えてゆけ!!」
小太郎達の連携に深手を負った中村は、踵を返して部屋から走り去る。逃げる気か、と追いかけて行く三人。延びる廊下を走り抜けた中村は、部屋へと飛び込んだ。そこは、八幡と小太郎の戦った部屋であった。
八幡の消滅した位置で、彼女は静かに足を止める。その瞬間、その手の中に、一筋の風と共に不気味に光る霊魂が現れた。
「土偶。アタシとずっと一緒よね?」妖しく微笑む中村は、霊魂――八幡の残留思念を、その身に飲み込む。それと同時に彼女の負った傷は癒え、霊気が一回りふくれあがった。
他人の霊気を吸収したのか、と、驚愕する小太郎に、中村は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。怪奇の住まう旧校舎に侵入したのも、人工幽霊の研究も、最後は全て「アタシが食べて強くなる為」だったのだと。
再び、中村が小太郎へと飛びかかる。それを受ける小太郎、横に避ける誠人、そして中村の背後を狙う智弘だったが――次の瞬間、槍のように伸び上がった中村の髪が、智弘の身体を貫いた。
62d 「智弘死す!? 悪霊のパワーアップ!!」
智弘の身体から力が抜け、手にした水晶玉が転がり落ちる。誠人の悲鳴のような声に名を呼ばれても、彼はぴくりとも動かない。不吉な予感が、小太郎と誠人の脳裏を過ぎった。
と。中村が、髪ごと智弘を自分の元へと引き寄せた。彼女の手が触れた瞬間、虚空に吸い込まれるように消える智弘。その直後、中村の纏う霊気が更に力を増す。
「死んでないよ」と、彼女は笑った。「でも、食い尽くしたら死んじゃうかな」からかうように言う中村は、そう、智弘の魂をも己の力と吸収しているのだ。
攻撃を仕掛けようとする小太郎へ、霊気の槍が投げつけられる。一発、二発。二人分の魂を取り込んだ中村を相手にしつつ、智弘を助け出すのは不可能に近い。
かと行って放置すれば、彼の魂が食い尽くされるだけだ。悔しさに拳を握る小太郎の袖を、誠人がそっと引いた。小太郎の瞳を真っ直ぐに見つめ、彼は言う。「オリベーは僕が助ける」と。
63d 「仲間を救い出せ!! 誠人と小太郎、それぞれの戦い!!」
目を見開く小太郎に向かい、誠人は冷静に己の推測を話す。魂だけだった八幡と違って、智弘は中村に直接吸収されたわけではなく、肉体ごとどこかに閉じ込められ、そこから魂を吸われているのだろう。
異次元空間であれば、これまでに何度か破ったことがある。あの感覚で、何とかやれるんじゃないだろうか。だから、智弘のことは自分に任せて、小太郎は悪霊と戦って欲しいと。
小太郎は、目の前の幼馴染の瞳を覗き込む。そこにあるのは、強い決意の光。戦うと決めた者の持つ輝きだった。小太郎は誠人に背を向け、一歩前へと踏み出した。「頼む」短い、信頼の言葉を残して。
小太郎の退魔の札と、中村の霊気の槍がぶつかり合う。その間、誠人は精神を集中し、空間の綻びを探していた。「アンタはこの子、ほっとくの?」中村の挑発にも、誠人に背を預けた小太郎は動じない。
まるで時間を稼ぐかのように、退魔の札を、あちこちへ投げつける小太郎。中村は難なくそれを避けつつ、再び霊気の刃を手に、彼の懐へ飛びかかった。
64d 「決着!! 退魔師・望月小太郎!!」
霊気を探す誠人の瞳が、空間の小さな綻びを捉えた。旧校舎のときは、『自分』との戦いのときは、どうやっただろうか。手を伸ばし精神を集中して、どうにかそれを広げようと努める誠人。
そんな彼に中村を近づけないよう、小太郎は無茶とも思える攻め手を繰り返す。霊力同士がぶつかり、弾け、小太郎の肌には幾つもの傷が刻まれるが、そんなものに構ってはいられなかった。
誠人の視線の先に、空間の裂け目が揺れている。揺れているのに上手く掴めず、時間ばかりが過ぎてゆく。「返せよ!! 僕の友達だぞ!!」焦りを振り払うように叫ぶ彼の指先が、ついに綻びを掴み取った。
空間を破られ、中村の顔に動揺が浮かぶ。その隙を見逃さず、小太郎は最後の退魔の札を投げつける。咄嗟に避ける中村だが、それが小太郎の策だった。張り巡らせた札の陣の中央に、中村は立っている。
陣で増幅された霊力を、小太郎はその拳で、中村に叩き込んだ。「――結局、アンタに負けんのかぁ」苦笑する彼女の姿が、光に溶ける。それと同時に、空間を破った誠人が、智弘をこちらに引きずり出した。
最終日 「胸がワクワク!? それぞれの未来!!」
戦いは終わった。小太郎はビルの床に座り込み、誠人を背もたれに疲れた体へしばしの休息を与える。窓からの夕陽に赤く染まる天井を見つめながら、取り留めもなく考えを巡らせる小太郎。
「よくやったな」寄りかかったまま、誠人に声をかける小太郎。対する誠人は、未だ眠る智弘を腕に支えながら答えた。「もっと褒めてくれていいよ」調子に乗るな、と体重を背にかければ、笑い声が小さく返る。
しばしの休息の後、廃ビルを後にし日常へと戻る三人。ビルの外では、おとめ、千草、アセンションの三人が、小太郎達の帰りを待っていた。話に花を咲かせながら、彼らはゆっくりと帰路につく。
――そして、少しの時間が流れた。季節は冬。よく晴れた日に、皆は天体観測に集まっていた。智弘を部活に引き込もうと、望遠鏡を覗かせる誠人。星空をカメラに収める千草。流れ星に祈るアセンション。
そして、ただ静かに星空を見上げる小太郎とおとめが、緩やかな時間を共有する。――平穏な日々の傍らに、星がひとつ、流れて落ちた。